認知症の治療

アルツハイマー型認知症の治療

主な症状は記憶力や判断力の低下であり、日常生活に支障を生じます。また進行すると妄想や徘徊をはじめとした深刻な症状を起こすことがあります。現在ではまだ、アルツハイマー型認知症を根治する治療法はないため、進行を遅らせる、ご本人が快適に暮らし、ご家族の負担を軽減することを目的に治療が行われます。
実際の治療では、アルツハイマー型認知症のための薬を使った薬物療法と、心理療法を用いた非薬物療法があります。当院では認知症の治療経験豊富な専門医が診察・治療を行っており、臨床心理士が心理療法を行っています。

認知症の薬物治療

症状の進行を遅らせる認知機能改善薬を主に使いますが、不安、妄想、不眠といった症状が現れている場合には適切な薬物療法によってこうした症状を緩和・解消させる場合もあります。
進行を遅らせることは、深刻な症状を現れにくくすることにつながりますし、住み慣れた地域でできるだけ長く快適に過ごすためにも重要になります。また、ご家族など周囲の方の負担軽減にもつながります。
なお、副作用があったら軽くても医師に必ず伝えてくだい。特に服用開始や処方量を変更した際には慎重に様子を観察する必要があります。気になることがありましたら、些細なことでも医師にお伝えください。

認知機能改善薬

認知機能改善薬は一般に抗認知症薬とも呼ばれていて、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗剤が主に使われます。認知症によって起こる脳の神経細胞破壊によって直接起こる中核症状の進行を抑制することで、症状の緩和を比較的長く持続できるとされています。ただし、進行を止める効果はなく、少しずつですが進行します。

アセチルコリンエステラーゼ阻害薬

アセチルコリンは神経伝達物質であり、脳内で記憶の保持や集中、覚醒などに関与しています。ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンがあり、アセチルコリンの分解を抑制することで脳内のアセチルコリンを高濃度にして中核症状の進行抑制につながるとされています。アルツハイマー型認知症では、軽度から中等度を中心に使われていて、レビー小体型認知症の治療にも用いられます。

副作用について

アセチルコリンは脳内だけでなく全身に作用します。そのため、服用によって最初に吸収される消化器症状として、吐き気や下痢、食億不振を起こすことがあります。皮膚に貼って吸収させるパッチ剤に処方を変更することで、こうした消化器症状を解消できます。他にもふらつき・歩行障害などを起こすこともあります。特に注意が必要なのは、攻撃性の増加や興奮を起こすことがあるという点です。ご本人やご家族にとっても大きな支障になる副作用ですから、専門医が慎重に処方し、経過をしっかり観察する必要があります。

NMDA受容体拮抗剤

NMDA受容体拮抗剤は、神経伝達物質であるグルタミン酸の作用を弱めて過度の興奮による脳神経の損傷を抑制します。これによって中核症状の進行も抑制できるとされています。
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬と違い、重度の認知症治療にも使われることがあります。興奮を抑える効果もありますので、行動・心理症状として攻撃性に関する症状がある場合にも有効です。
副作用にはめまいや眠気があります。

なお、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗剤は併用可能です。

認知機能改善薬の服用に際しての注意点

進行がゆるやかになっている間の期間を有効に利用しましょう
認知機能改善薬は、中核症状の進行を抑制する効果が期待できますが、少しずつ進行していきますので、将来に備えた準備を整えておくことが重要です。環境を整えて適切な介護サービスを利用し、必要であれば心理療法を行うことは将来的なクオリティ・オブ・ライフ向上につながります。

行動・心理症状への軽減を目的とした薬物治療

不眠や抑うつ、不安などがある場合に、そうした症状を緩和・解消させることで生活への支障を抑制します。症状が多いためさまざまな薬が処方されますが、主に使われるのは下記のものです。

睡眠薬(睡眠導入剤)

なかなか寝付けない、すぐ目覚めてしまうなど不眠の症状がある場合に使われます。良質な睡眠を十分にとれないと認知症の症状悪化や強い不安感などを起こしやすくなります。
注意が必要なのは、夜間トイレに起きた際にふらついて転倒する、翌朝になっても効果が持続してしまうなどを起こす可能性があるということです。経験豊富な専門医が患者様やご家族とじっくり相談した上で慎重に処方していますが、適切な処方量や薬剤、効果の出方には個人差がありますので、服用をはじめた際には特にしっかり観察して、少しでも変わった様子がありましたらすぐにご連絡ください。

抑肝散をはじめとした漢方薬

漢方薬には、抑肝散をはじめ、抑肝散加陳皮半夏、釣藤散といった認知症の治療に効果が期待できるものがあります。漢方薬は穏やかな作用のものが多く、強い副作用が出にくいというメリットがありますので、一般的な薬では過敏に反応している場合に使われることが多くなっています。
抑肝散は、イライラを落ち着かせる、不安・妄想・暴力を抑制する効果が期待できるとされているため、アルツハイマー型認知症だけでなくレビー小体型認知症などさまざまなタイプの認知症治療にも用いられています。
服用のタイミングが一般的な薬剤と違うため注意が必要なこともあります。また、味や香りにどうしてもなじめない、鼻についてしまうといった場合には無理に服用を続けることはおすすめできません。

抗不安薬、抗精神病薬、抗てんかん薬など

異常な興奮や焦り、幻覚や不安などがある場合に、抗不安薬、抗精神病薬、抗てんかん薬といった向精神薬の処方で効果が期待できるケースがあります。こうした症状はご本人にとってもつらく、ご家族にとっても負担が大きいものです。ただし、こうした向精神薬はどう作用するかに個人差が大きく、慎重な処方が必要です。それでも薬剤の分解・代謝能力が低下している、または多種多剤を服薬している場合には強い副作用を起こすリスクがあります。
ほとんどの行動・心理症状は、無意味に起こしているわけではないため、まずはリハビリテーションや心理療法などを行うことをおすすめしており、必要があって向精神薬を使用する場合にはしっかりご説明した上でご相談し、様子を確認しながら慎重に処方して経過をしっかり確認しています。

非薬物療法

クオリティ・オブ・ライフ向上のために、薬物療法よりも高い効果を得られることも少なくない治療法です。非薬物療法も根本的な治療や進行を止めることはできませんが、認知機能の維持や回復、自己認識の回復や脳の活性化、心身の健康に役立ちます。また、心理療法でわかったできること、興味を持っていることを中心にご本人が快適に過ごせる環境をつくることもできます。他に、大事な方とのコミュニケーション、介護サービスの利用なども有効です。

認知機能のリハビリテーション

認知機能の維持や回復を目的に、頭を使う活動を行うリハビリテーションです。脳のトレーニングになるゲームやパズル、麻雀・囲碁・将棋・トランプ・ボードゲーム・百人一首、ドリルなどを使った学習療法、本の音読など、さまざまなものがあります。

生活リハビリテーション

料理・掃除・洗濯などの家事もリハビリテーションとして有効です。認知症と診断されるといたわりの気持ちから家事を任すのを止めてしまうケースが多いのですが、本人にとっては自信を失うきっかけになり無気力などの症状を悪化させてしまうことがあります。もちろんできないことや危険な場面ではサポートが必要になりますが、できるだけ従来通りの生活を送ることも心身のリハビリテーションになります。

園芸療法

認知症では、季節や曜日、時間の変化に対する感覚が低下することがあります。そうした際に植物の世話によって成長に時間を感じ、開花・新緑・紅葉などで季節を感じることが役立ちます。土や植物の触覚や香りなども昔の記憶を蘇らせるなど、記憶の活性化につながります。

音楽療法

音楽はメロディ、リズム、歌詞、楽器、声、時代背景や思い出など、さまざまな刺激に溢れているため、幅広い方の心身を活性化できる療法です。また言葉がうまく出ない方でもスムーズに歌えるといったケースもありますし、刺激に対して過敏になっている方も好みの楽曲やボリュームにすることで不安の解消につながることもあります。

回想法

認知症の初期から中期には、新しい記憶を忘れやすいのですが、昔の記憶は細部まではっきり思い出せることがしばしばあります。新しい記憶が失われることで不安になっている場合に、懐かしい写真、映画、音楽、玩具、本などに触れることで昔の記憶をありありと思い出すと自信の回復につながります。また、そうした思い出をきっかけにコミュニケーションも生まれます。

健康管理

非薬物療法として、健康管理は不可欠です。認知症では偏食や運動不足を起こしやすいため、適切な生活習慣は、心身の健康を保つためにも重要です。また、認知症では、体の異常や不快感、痛みなどをうまく伝えられないことがありますので、その表現として行動・心理症状を起こしていることもあります。そうしたことから、生活習慣を改善して体の調子が整うことが症状の改善につながることも多くなっています。

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